I happen to have the ebook, so this is the part in question:
死神が、微笑んでいた。
赤ちゃんの、私の赤ちゃんの泣き声が響く中、本当に嬉しそうな微笑みを浮かべている。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
先生も、看護師さんも、たくさんの人がいるけれど誰も死神のことなんて気にしてない。私たちがこうして話しているのも聞こえているんだけど、死神が去ってしまえば皆忘れてしまう。
死神が、ゆっくりと息を吐いた。満足そうに。
「帆奈さん」
「なぁに」
「さよならです」
え?
「本当に、嬉しいです。きっと、これが、幸せです」
「どうしたの」
薄い。
死神、あなた、色が薄いわよ。どんどん消えていくみたいだよ。
「死神!?」
「私たちは、誕生に出会うことはないんです。それは、あってはならないことなんです。もし、誕生の瞬間に立ち会うことがあったのなら、私たちの存在は消えてしまうんです」
「どうして」
そんなこと、言わなかった。
「幸せを感じるって言ったじゃない。人が生まれるところを、私の赤ちゃんを見ることができたら、普通の死神が絶対に感じることのできないはずの幸せを感じられるって言ったじゃないの」
幸せっていうものを、知りたいって。
死神が、にっこり笑った。あの甘いマスクで。
「ごめんなさい。嘘をつきました」
「どうして」
「私たちは、消えることができないんです」
「消えること?」
人間で言うところの長い長い気の遠くなるような時間、ずっとずっと人が死ぬ瞬間の場所に現われてそれを見取っていく。
永遠に続く仕事。
ただそれだけでしかない存在。
「私たちにとっての〈幸せ〉とは、消えることだったんです。この死神の役目から逃れること。それだけが、私たちの〈幸せ〉なんですよ。そして」
唯一消える方法が、誕生の瞬間に立ち会うことなんです。
私は、消えたかったんです。
死神は、そう言った。どんどん薄くなっていくその姿で。
「そんな」
そんなの。
消えちゃうってどういうこと。
「ありがとう。帆奈さん」
「死神」
「最後に、知ることができました」
「何を」
消えることだけじゃない。それだけが幸せじゃなかった。
そう言った。
「生命の誕生は、素晴らしいことですね。とても嬉しいことですね。幸せですね。帆奈さん」
素晴らしいです、って。
あなた、それ、涙? 泣いてるの? 嬉し涙?
「あなたの赤ちゃんが生まれる瞬間に立ち会えて、本当に私は嬉しい。生まれ落ちた命はただそれだけで愛しいものなんですね。今、それを感じています。喜びを感じています。そしてそれは」
幸せなことです。
胸に手を当てて、死神は言った。
「幸せです」
私は今、幸せです。
その言葉が、風のように消えていった。
死神の姿と一緒に。
そんな。
「死神!」
名前は?
今まで訊かなかったけど。あなたは言わないし、訊いたら失礼かなって。そんなものはないんじゃないかって思って今の今まで訊かなかったけど。
あなたの名前は?
名前などありません。
じゃあ、じゃあ。
この子の名前をあなたにあげる。
私に?
そう。今、決めたの。この子の名前はね。
☆
「名前は?」
お父さんとお母さん。お義父さんにお義母さん。そして、最愛の、旦那様の正則さん。可愛い男の子だって皆が言ってくれた。
「決めたの?」
お義母さんは正則さんに訊いた。
「まだなんだ。生まれてから、二人で、この子の顔を見てから決めようって話していたから」
「あら、そうなの」
そうなんだ。そうやって話していたんだけど。
「正則さん」
「ん?」
「さっき、この子の顔を見たときに、ふっと浮かんだ名前があるんだけど」
おお、ってお義父さんが微笑んだ。
「そういうインスピレーションは大事だぞ」
正則さんも、笑った。
「どんな名前?」
「あのね」
ねぇ、死神。
聞こえたでしょ? さっき言ったこの子の名前。それを、あなたにもつけてあげる。この子と同じ名前。
いいでしょ?
不吉だとか、そんなこと感じないよ。だってあなたいい人だったもの。普通の人間より、はるかにはるかに、人間らしかったもの。優しかったもの。
この子には、そんな子になってほしい。人の喜びも悲しみも辛さもそして、不幸せも幸せも全部きちんと理解できる子に。感じられる人になってほしい。
だから、名前をつけてあげる。あなたとこの子に、同じ名前を。
それでまたひとつ、幸せになれないかな。
なれるよね。
勝手にそう思っておくから。
それで、イヤじゃなかったら、できるものなら、私が死ぬ瞬間に来てよ。
私、ゼッタイに幸せな人生を送って満足した顔で死んでいくから。
会いに来て、私を看取ってよ。
久しぶりですねって、会いに来てよ。
I haven’t read the story yet but in this part the name isn’t said. It’s not important. She just gives the name of her child to the shinigami, so he can also have a name. She doesn’t tell this to the family, though and they are happy with the name she came up with. And she asks the shinigami to come to her again in her moment of death after she has lived a happy life. I think, she just wants to belive that she will see the shinigami again.
but maybe something else in the story explains it?